コロナに青春を奪われる子供たち。普遍的な青春がなくなる

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こんにちは、ユウスケ(@hsporz)です。

新型コロナウイルスの発生により自粛ムードが続いています。

学校の始業式の頃には休校が叫ばれ、学校に行かせるべきではないという風潮が世間に漂っていますね。

子供の多くは重症化しないとのことですが、もしものことがあるし、無症状感染にしても動き回って重症化リスクのある人にうつしてしまっては大変ですからね。

新型コロナウイルスは少なくともあと数ヶ月、夏休みが終わる辺りまでは最低猛威を振るうでしょう。

新型コロナウイルスについてはもう何ヶ月も分かっていないことが多すぎるので数ヶ月どころか一年以上も自粛期間が長引く可能性もあります。

そう考えると、今までは普通に謳歌できた青春というものがなくなってしまいます。

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一年間自粛ムードが続いたのなら一年分青春がなくなる

もし一年間収束できなければ一年分の青春がなくなるということになります。

体育祭も文化祭も修学旅行も卒業式も、全部なくなるか簡略化されていくでしょう。

行事がなくなるだけでなく、クラスメイトとの時間も制限されるので、同じクラスだけど全然仲良くなれなかったなんてことにもなれかねません。

2020年に学生時代を迎える子供たちが不憫でなりません。

私は高校を卒業してから東日本大震災で被災したものですが、あのときの自粛とは比べ物にならないのでさらに不遇だなと。

さらにもし一年で収束しなければ、最悪二年目も三年目もなきものになってしまうかもしれません。

今年に高校に入学した人は輝かしい数年分の青春がなくなってしまうのです。

第二次大戦時の学生は青春どころじゃなかったでしょうけど、安倍首相が第三次大戦と認識していることからも戦時なんだと考えておいた方が割り切れるのかもしれませんね。

今までの青春の形が全く別のものに変容していく可能性

今までは普遍的な学校生活というものがあり、普遍的な青春の形がありました。

朝起きて学校に行って授業を受けて昼休みに遊んで午後の授業を受けて放課後部活して帰りに寄り道して、、、という青春が普通にありました。

しかし現時点ではそれが許されません。

でもよくよく考えると、たったの数十年間の普遍性であって、それが絶対的なものなわけでもないんですよね。

東日本大震災のときよりも大きな変容のあとの青春の形について考えてみます。

もし新型コロナウイルスが永遠に収束しないとかんがえると、今までの学校生活は送れないでしょう。

教室とは3密空間なので、ウイルスの温床となりがちです。

クラスは少人数に再編成されて机と机の距離を離して授業を受けるなんてことに変わる可能性もあります。

そもそも学校の校舎に行く意味もあまりないご時世なので、オンライン授業で完結してしまうこともできます。

今までの学校生活と比べると味気ないもののように思えますが、それも選択肢の1つとしてあるのです。

まさに普遍的だった学校での青春というものが根本から変容してしまうということですね。

まとめ

今回はちょっと悲観的な予想にてこれからの青春について書いてみました。

なんか最近は作られた青春が多いような気がしていましたが、青春自体がぶっ壊される時代が来るなんて思いませんでした。

青春とは普遍的なものではないと考えさせらせる機会となりました。

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