人生の選択に迷ったとき観たい映画『ミスター・ノーバディ』の魅力

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こんにちは、ユウスケ(@hsporz)です。

人生の選択には迷いが付きものです。

しかし生きていると絶対に何かしらの選択はしなければならないもの。

そんな人生の選択に迷ったときは何かにすがりたくなりますよね。

私はそんなあなたに『ミスター・ノーバディ』という映画を観てもらいたいです。

ミスター・ノーバディという映画を一言で言うならば『人生の選択の物語』です。

作品自体を観てもらえば物語を通じ、今迷っている人生の選択について天啓を得られると思います。

多少のネタバレはありますが、たとえネタバレしていても映像として観ておきたい映画です。

この記事を読んだあとに観ても楽しめると思うのでぜひとも観てみましょう。

この記事では

  • 人生の選択に迷ったときに観たい映画『ミスター・ノーバディ』の魅力
  • 選択しなかった人生もパラレルワールドとして存在している
  • 人生の選択に後悔はあっても間違いはない理由

について書いていきます。

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人生の選択に迷ったときは映画『ミスター・ノーバディ』から勇気を貰おう

ミスター・ノーバディ

私はミスター・ノーバディという映画が大好きなのですが、好きな理由は『人生の選択について深く考えさせられるから』です。

ミスター・ノーバディという映画は『人生の選択』というものを主題に据えています。

主人公ニモがもし離婚した両親のうち、父親について行ったら、もし母親について行ったら。

ミスター・ノーバディ

伴侶にアンナを選んだら、エリースを選んだら、ジーンを選んだら。

ミスター・ノーバディ

ニモがした選択によって人生は大きく変わり、その全てが同時進行で描写されます。

ミスター・ノーバディのストーリーは『118才の老人ニモが語るいくつもの矛盾したいくつもの過去の話』です。

ミスター・ノーバディ

118才のニモは全て存在したことだと言い張りますが、普通の人間には意味が分からなくなるようなことですよね。

9才のときの大きな選択、15才のときの大きな選択、大人になってからの大きな選択。

全て同時並行的に起こったこと。

それはボケた老人の妄言ではなく、ニモ自身の体質によるもので、全てが真実であるということが考えられます。

実は物語はニモが生まれる前から始まっており、天界での様子がヒントとなっているんです。

生まれる前の子供たちに天使が鼻の下に指を添えることで、全て知っている状態から何も知らない状態となり地上に生まれ落ちるところが描写されます。

しかしニモだけはそれがなく、全てを知っている状態で生まれ落ちることとなったんです。

ミスター・ノーバディ

全てを知っているからこそ、全てを選択できる。

そんな数奇な人生を画面越しに通し、視聴者は人生の選択ということについて考えさせられることとなるのです。

この作品の良いところは深く考察できる物語もさることながら、美麗な映像表現が卓越しているところです。

アメリカ資本が入っておらず、欧州数カ国が協力して制作した映画ですが、ハリウッドに負けず劣らずの出来栄えとなっています。

人によっては退屈に感じるかもしれない映画ですが、刺さる人には刺さる最高の映画です。

特に人生の選択に迷っている人にこそ観てほしい映画だと思っています。

『ミスター・ノーバディ』 予告編

選択しなかった人生もパラレルワールドとして存在している

ミスター・ノーバディ

ミスター・ノーバディから得られる教訓は、人生というものは呆れるほど多くの『選択』でできているということです。

ニモは劇中でいくつもの小さな選択と運命を決定付ける大きな選択を迫られます。

小さな選択の違いで死ぬことになったり、大きな選択の違いで他世界線とは全く違う人生を歩むことになるのです。

いくつもの可能性世界は同時に存在しており、選択をすればするほど世界は無限に増えていきます。

ミスター・ノーバディという映画内だけの話ではなく、この現実世界でも選択しなかった可能性世界も同時並行的に存在していると考えられます。

昔はSFとして考えられてきたパラレルワールドも、現代の物理学ではその可能性を肯定的に語られているです。

私たちが今知覚している世界はあくまで可能性世界であって、今この状況だけが真実というわけではないということですね。

誰もが人生の選択には迷ってしまうものですが、ニモのようにもし全ての選択肢を同時に選択することができたらどうでしょう。

何者にもなれるし、誰とでも結婚できるし、何でもできます。

全て選択できるということは、全てを知っているということにほかならないです。

でもそんな人生って、本当の人生って言えるんでしょうか?

自分がしたたった一つの選択があるからこそ、人生はかけがえのないものとなるのではないでしょうか。

もし選択しなかったことに未練があるとしても、その選択肢を選んだ別世界戦の自分に託しましょう。

そう考えると、選択できなかったことに希望が湧いてきませんか?

行く学校、好きな人、仕事、もし選択できなかった過去で苦しんでいるとしても、別の自分はちゃんと選んでるんです。

そっち側の自分じゃなかったことを後悔することもありますが、たぶんそっち側の自分も何かしらの選択でこちら側を羨んでいることでしょう。

つまり隣の芝は青いってことです。

「父親について行くべきだった」と思うのは母親について行った側のニモ。

「母親について行くべきだった」と思うのは父親について行った側のニモ。

同じようにアンナ・エリース・ジーンの伴侶選びでも同じこと。

多くの世界戦でニモは後悔をしますが、その世界戦ごとの幸せはちゃんと掴んでいるんですよ。

そしてそれはきっと、あなたも同じです。

人生の選択に後悔はあれど間違いはない。どんな人生だって素晴らしいものだった

ミスター・ノーバディではニモの選択によっては、およそ幸福とは言えないような世界線を体験することもあります。

同じようにあなたが今、自分が選択してきた人生を不幸に感じているとしましょう。

しかしそこに後悔があったとしても、本質的にそれは間違いではないんですよね。

私は今までの人生の選択に後悔していることは数多くあり、数ある世界線の中で今が一番幸せな世界線だとは思えません。

しかし私が今体験できている世界は、私が選んだ唯一のかけがえのない可能性世界なのです。

後悔はあれど、きっと間違いではないのです。

大事な選択をするべき時空間に留まり続けられるのならば、何も選択せずにすみ全ての可能性は残ります。

しかし選択しなければ、先へは進めません。そこから結果も経験も得られません。

それこそ間違いです。

人間は生きていると、どうしても選択したくないのに選択せざるを得ない状況に陥り、ときには後悔します。

ニモは未来を見据えることができ、全てを選択し、全てを選択しないこともできました。

しかしニモはフィクションの人間であり、我々現実に生きている人間には一つの世界戦しか知覚することはできませんよね。

だからこそ迷ってしまいます。

一度きりで、その都度たった一回しかない選択なのだからなおさらです。

そんなふうに、あなたが9才のニモのように大事な決断の前で立ち尽くしているのだとしたら、118才のニモはこう言うでしょう。

「どんな人生だって素晴らしい」

あなたが何を選択したとしても、それをいつか間違った選択だと感じてしまっても、それはかけがえのない立派な選択だったんです。

『ミスター・ノーバディ(Mr.NOBODY)』というタイトルの意味は『誰でもない男』という意味であり、主人公ニモ(nemo)という名前の由来もラテン語で『誰でもない』という意味からきています。

誰でもないということは、選択次第で何者にでもなれるということです。

それはニモというたった一人の男だけではなく、あなたもです。

さぁ悩んだ果てにあなたはどんな人生を選択しますか?

まとめ

この記事で紹介した映画ミスター・ノーバディはDVDだと1000円くらいで買うことができ、たまにAmazonプライム・ビデオなどで見放題になっていることもあります。

私は人生の中で特に大切な映画だったためにDVDとして保管しています(見放題サービスだと突然観れなくなることもあるので)。

ブルーレイもありますが、日本語版が発売されていないため最良の選択はDVDとなったわけです。

でも英語が聞き取れるという人はブルーレイ版も良いかもしれませんね。

ストーリーだけじゃなくその映像美も評価されている作品なので。

今回紹介したミスター・ノーバディという映画のように、映画には人生について考えさせられたり、人生自体を大きく変えるものがあるから侮れないものです。

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